2008/06/28

草稿

「小説を書いているんだが、どう思う?」と、彼は訊いた。
 そういうことを軽く問う彼は、高い確率で何も考えていないのである。そんなことで小説が書けるのだろうかと、我ながら心配になる。
 黙ったまま、少し考えた。
 小説を書くのは、たぶん、自由である。表現の自由というやつだ、きっと。どこに規定されているのかは知らないけれど、そんなものがあると聞いたような気がする。もっとも、書いてはいけないこともあるのかもしれない。いや、それは公開してはいけないのであって、書くのは自由だろう。誰も読まないのであれば、何を書いても問題はない。
 考えたが、そう言う応答を彼は望んでいないような気がする。考える方向を誤ったようだ。カンガルーではない。
 はっきり言えば、彼が小説を書こうが書くまいが、どうでもよいことである。書けば、友達のよしみで読むというだけだ。次作を待ちわびるというほど、少なくとも自分の趣味には合わないのだと思う。
「沈黙をもって答える」と、とりあえず答えてみた。
「なんだそりゃ? なんだか自己矛盾した答だな」不満そうである。まあ、そうだろう。
「じゃあ、何と言えば良かったのかな」
「そうだなあ……。まあ、いいや。それより、ちょっと話のプロットを聞いて欲しいんだ。どうも、詰まってしまって」
 そうまでして書く必要はないんではないだろうか。そう思うが、まあそれは言わないことにする。思ったことを言えば良いというわけでもないのだ。
「詰まって? と言うか、聞いても何も言えないと思うが?」聞いて何か言えるなら、自分が小説家になっていると思う。
「まあ、聞くだけでいいから。壁に向かって喋るよりは効果的だろう」
 壁と比較されても嬉しくはないが、壁よりも劣ると言われるよりはましかもしれない。

……(以下続く)

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