2009/02/19

弱いものにつく

内田樹氏が、村上春樹氏のエルサレムでのスピーチについて書いている。

壁と卵(内田樹の研究室)

文学は論理では無いということか。
文学という部分は、「人間」と入れ替えても同じであろうか。

論理で何事も決めるのであれば、判断は簡単である。コンピュータ(機械)でも判断できる。
ハイデガーがナチスについたり、アインシュタインが核開発の必要性を提言していたり。
良かれと思って、である。後悔することになるとしても。

さっぱり分からない。わからないが、文学が存在する意味がそれなのかもしれない。

2009/02/18

少し寂しいくらいが

さだまさしの曲をよく聞いていて、彼のラジオ番組を聴いていた。本も読んでいた。
いわゆるファンだったのである。
それによって得られたことはいろいろあるが、得をしたことをひとつ挙げるとすれば、佐田玲子のアルバムを何枚か持っていること。
反対に残念なことは、白鳥座のアルバムを持っていないことである。CD化されていたはずだが、気がついて買おうとしたときには、入手不可能になっていた。
再版されないのは、解散しているためか、版権の問題があるのかもしれない。

で、表題のフレーズは、佐田玲子の「川」(アルバム「君を信じて」に収録)である。


『GOLDEN☆BEST/佐田玲子』というベスト盤は2004年発売で新品の入手も可能のようだ。
公式サイトもあるのだが、驚いたことに、たくさんのラジオを番組をやっていること。ラジオを聴くということはもうない(ラジオは持っているが)だろうけれど。
付言しておくと、ラジオ番組がまだあるということに驚いた。ラジオがあるのだから、番組があるのは当たり前。驚くべきは、そんなことを思う自分のことである。
毎週の土曜。東京の文化放送を(愛知で)聴いていたのははるか昔ということか。

2009/02/17

アンエンオン

仏語のアン・エン・オン
「ん」ではなくて(発音記号は母音の上に〜)の鼻母音なのであるが……
仏語というのは、英語と違って、スペルによって発音は規則的に決まるので、そういう面では楽ちんである。
an en というのは、アン[a〜]なのだが、ほとんどオンに聞こえる。
in とかは、エン[ε〜]なのだが、アンに聞こえる。
on は オンである。(分かりやすい)

イン。とか、エンというのは、無いということになる。仏語をやっていると仏語しか読まないので気がつかないが、仏語に出てこない「音」というのがある。すぐ気がつくのはハ行が言えないこと。hは読まないのだから。
チも発音できない。chはシになるので、駄目だ。

そのくせ、母音が12個(鼻母音を除いて)もあるのであるから、やっていられない。

2009/02/13

脱ブログ考

ブログを止めて、単純なWebページに回帰しようかと考え中である。
何故か。

  1. みんながブログ(日記形式)なので、違うことをしようという考え。
  2. 時事ネタなどがないので、日付順に並ぶことの意味がない。


というのは、表向きである。フロー型よりスタック型の方が、更新が減らせるのではないか。少ない更新でも、コンテンツが溜まっていくので、見た目で内容が多いように見えるのではないか、というよこしまな考えによっている──のかもしれない。

それを言うなら、ブログを止めれば良いのである。Webサイトだって、やめても良いではないか。
やめられないと言うならば、そこには理由があるはずである。

2009/02/12

名詞の性

小学校で英語をやるようで。全くお上も馬鹿な奴ばかりであると思う。
むしろ、日本語をやれと思うし、あるいは、他の言語だってやっても良いんじゃないかと思う。韓国語とか、ポルトガル語とかは身近じゃないだろうか。あるいは中国語。アラビア語も良いし、ヒンディ語だって美しそうだ。

という題目からそれた話は措いて置いて、性の話。名詞の性。
英語にはないけれど、たとえば、フランス語には名詞に男性名詞と女性名詞がある。
全く規則性が無くて、覚えるしかないのだが、覚えるしかないということなので、しかたがない。
実は、名詞の性の違いを知らずに覚えてしまっていることがある。
カフェオレというのがあるが、カフェ・オ・レ のレが牛乳のこと──laitである。
まえについているのが、オなのだが、これが、auで── à leの縮約形なのでわかりにくいが、このleが男性名詞に付く定冠詞である。だから、牛乳は男性名詞なのである。
アラカルトというのも聞いたことがある。
à la carte と書くわけで、carteが名詞でメニューのことなのだが、この「ラ」laが女性名詞に付く定冠詞なのである。

カフェ アラ・レとは誰も言わない。覚えてしまっているのである。

ルモンドという新聞がある。これも、le monde で、mondeという名詞「世界」なのだが、le が付くので、男性名詞なのである。
ラモンドじゃないのだ。

でも、あんまり出てこない名詞は、どうやって覚えるんだろう……フランス人に聞きたい。本当に覚えているのか?

2009/02/09

1985

愛を探していた。愛そうとしていた、ということかもしれない。しかし、探しているところにはそんなものはなかった。たとえば、優しいという動詞は、いくら製錬しても愛にはならない。
求められていたのは、愛ではない。そして、おそらく優しさでもない。

愛というものが何か。
それが分からずに探しているのだから、無理と言うよりも無謀である。
落ち着いて考えれば、分かることである。だが、それが分からなかったのは、そもそも、愛を探しているわけではなかった、ということではないか。

・・・続

2009/02/07

成さず

カントに言わせれば、成すべきであるがゆえに成しうる。ということになるであろう。

だいたいのところは、成さなくてもよいことを成しているのである。成すべきではないものを成していないだけは救われるのかもしれない。

何も成さないという選択が常にある。

時に、何かを成すよりも価値がある場合がある。

2009/02/06

高々

数学で出てくる高々(たかだか)という響きが好きだとふと思った。

無いだろうと思って、Wikipediaで調べてみたら予想に反して載っていた

そういえば、先日本屋で距離空間の本がふと目にとまったので、ちょっと立ち読みしてみた。とりあえず、距離空間をやっておけば、ちょっと威張れる(いや嘘だ)かもしれない。
──とか思って買いそうになったが、やめた。
距離空間と言えば、位相空間の部分集合という認識でよいのだと思われるが、位相のなんたら(忘れている)という文庫を買っていたはずだが、どうなったのだろうか。

2009/02/02

日本がどんどん危機に


結局、日本人は、もはや支払いができない──つまり職を失った人びとだが、〔失業〕保険(mutuelles)に頼った。今週、麻生総理は国会議員の前で「廃れて古くなった社会の方法」と強く批判した。危機が重大であると公然として認めた。彼は、1991年に一掃した、二つをできるだけ比較して考えるしかない。そのふたつ、すなわち、明治のとき、日本は近代化のために孤立から外へ出たこと、第二次大戦がどこで、そして負け、完全に復興をしたと……
Le Japon s'enfoncede plus en plus dans la crise  (Le Figaro)

LE FIGARO紙のブログの終わり部分を抜粋で。訳は私訳。

2009/02/01

仏作文床屋へ行く

「明日床屋へ行く」というのを仏作文してみた。
床屋は chez le coiffure または salon de coiffure 
chezというのは「の家」という前置詞だから、まあ日本語で言う「ん家」みたいな感じか。
明日、はdemain
まあこれは決まり。
行く、という動詞はaller

日本語では出てこないが、一人称の主語「私は」のJe が必要になる。
これだけの部品があれば作文できる。

動詞の時制が問題になるのだが、まず単純未来にしてみる。 allerの一人称の単純未来はirai allerというのはよく出てくる動詞なので、無茶苦茶な不規則動詞なのである。
J'irai chez le coiffeur demain. ジレ シェル クワフル ドゥマン

je が j'になっているのは、母音の省略エリズィオンである。アンシェヌマンとリエゾンというのもある。いつもどれがどれだか分からなくなる。
さあ、出来た。と思ったが、どうも気に入らない。
aller+不定詞 という、近い未来の用法がある。英語もbe going toというのがある気がする。

Je vais aller chez le coiffeur demain. ジュベザレ シェル クワフル ドゥマン

vaisは「ベ」でsは発音されないが、続く語が母音のときはsが発音されるようになる。これがリエゾン。
未来形よりも、こっちの方がよい気がする。床屋に行くのはほとんど決まっているからである。
作文は完成した。通じないことはないと思われるが、床屋というのが3語になっているのが少し気になる。

Je vais aller au coiffeur demain.
ググってみると、au でも良さそう。chezに代えて場所を表す前置詞 à を使う。à leは縮約形 au になる。 これでも通じるのだろう。

Je vais au coiffeur demain.
仏語は現在と近未来はあんまり区別されない。demainと付いているので、このように現在の時制にしても問題なさそうである。

VIDOCQ

映画『ヴィドック』
観た。(一週間前だが)
顔が鏡(の仮面)になった殺人者(錬金術師)を追う話。
映像がSFXなのだが、CG合成なのである。どうなのだろう。
それに比べると、TAXiの方は、曲芸乗り?のドライバーが実際に運転していたりする。まあ、あれを全部CGにしたら面白くないだろう。

で、ヴィドック。
このパターンの映画は2回目観るとオチが分かっているので面白くない──ということはなくて、何度も観られるというお得な人間が観ているのであるなあ、と思う。
映像全部記憶してしまうような人は──、まあ、そういう人はどんな映画も2回見ない、か。

2009/01/31

カセットテープ考

カセットテープの項目などを見ていると懐かしく思う。

カセットデッキは高級な物を持っていた。
高級なカセットデッキは、安いノーマルテープに良い音で録音することができる。
メタルテープとか、ハイポジションのテープでなくても、そこそこ良い音で録音できた。
──と書いているが、メタルテープというものが、どうも現在では製造されていないらしい。まったくもって無駄な情報である。
カセットテープの値段。昔はもっと高かった気がするが、幾らくらいだったかは覚えていない。「今」の10本700円とかいう価格帯ではなかったのではないかと思う。
まあ、忘れても問題はないことではある。

2009/01/28

昔話

その頃、カセットテープというものがあった。
買ってきたCDからカセットテープにダビングして、車の中で聴くのである。
古内東子とか上田知華を聴いていたような記憶があるが、それらをよく聴いていたというわけではない。音楽の記憶は、聴いている時間とは異なるものに相関がある。

僕たちは、プラナリアを探して、山の中をうろうろ探し回った。
それなりにきれいな川(というか沢)ならば、ある程度探せば、生息している場所に巡り会うと思われる。微妙なニュアンスだが、だいたい、いるいないという以前に、入って、いるかどうか確かめられそうな川(の場所)がなかなか見つからないのである。

2009/01/26

Ce n'est pas seulement de pain

Ce n'est pas seulement de pain que l'homme vivra, (Mt4,4){La TOB}
Man shall not live by bread alone, {RSV}

有名な聖書の言葉。仏語聖書は、いつもエルサレム聖書から引用しているが、今回はエキュメニカルなラ・トープから引用してみた。ちなみに、文は異なるが、意味が違うわけではない。
おまけで、英語聖書からも引用してみた。英語聖書というのは掃いて捨てるほどあって、どれが良いのかサッパリ分からない。

「人はパンのみで生きるのではない、」
──である。では、何によって生きるというのか。
(マタイ書では、神の口から出るすべての言葉によって、となっているのであるが、それが何かは追究しない。もっとも、これ自体が申命記(8,3)からの引用であるので、そっちを吟味すべきかもしれない)

で、だ。



人がパンのみで生きられるのなら、それはそれで幸福だったのかもしれない。


まあ、働いてパンを得て生きているわけであるが、それだけではやはり駄目なのである。では、パンが無くなっても良いのか? 
パンが無くても、手放せないものがある。それでは生きられないのではないかという矛盾。なるほどそうであるとするならば、生きるということは何であるのか。
自分で決めることである。

TAXi3

TAXi3を観た。前作は忍者が出てくるのだが、今回は雪山、というかサンタ。
比較すると、3の方が面白いと思う。どこを比較するかというのは説明できないのだが。
どうでもいいが、TAXi2を観たときの感想を書いていない。
書いていないといえば、ヴァージン・スーサイズもそうである。
まあ、そういうのを観た。ということは書いておく。

2009/01/16

Jaiku

Jaikuのアカウントを取ってみた
twitterみたいなもので、どこが違うのかまだよく分かっていない。

※招待制なので、招待希望の人は、メールアドレスを知らせてくだされば、招待します。
送信フォーム
上記リンクからサイトの送信フォームをご利用ください。

と書いたら、Googleがいくつかのサービスをうち切るというニュースが。Jaikuの開発も終了だそうな。

2009/01/10

ガザの話

戦争駄目だよねーというのは簡単であるが、そういう問題ではない。
──筈である。けれども、何も分かっていない。
こういうときは、やはり、専門家。高橋和夫氏の本でも読むべきであろう。

高橋氏のブログはこちら

2009/01/05

WASA

WASABI(2001年仏・日)
これもリュックベッソン。
場面が日本であるという点以外は、見どころは…… ジャン・レノとイロスエが出ているという以外は特に何もないような。
コメディというほどギャグもない。コメディではないのかもしれない。

で、お金は何処に行った?

2009/01/04

映画タクシー

『TAXi』
リュック・ベッソン。カーアクションと言うよりは、周りの車が衝突するのが特徴のような。トランスポーターと比較すると、その辺が差異か。カーアクション自体は、トランスポーターの方が秀逸だろうか。もっとも、制作年が古いので、仕方がないか。
TAXi2も借りてきて観ることにしよう。

2009/01/03

キャレンダ

a machine in which cloth or paper is pressed by rollers to glaze or smooth it.


MacBookの英英辞典NOADからの引用。
そういうものがあるのか。というか、そういう呼び名なのかと思った。
手持ちの学習英和にはこの項目は無いが、リーダーズ英和中辞典には載っていた。実は、不本意ながら?英和辞典も持っているのである。

排中律の話を、すのものさんがされている。
無理数の無理数乗が有理数になる場合がある。という証明。
排中律(Wikipedia)
面白い。
1月の2日。もちとみかんを食べて過ごす。