2008/10/01

独り言

必要十分以上の脳を持ってしまった人間の不幸。
われわれは何者で、どこから来て、どこへ行くのか。

寂しいというのは間違いではない。
間違いではないが、それよりも、独りが怖い。


独りでないと生きられない、独りでいたい。
独りでも生きられる、独りである。
独りでは生きられない、独りではいたくない。

大きすぎる脳で、未来という概念を知ってしまったわれわれは何を思うのか。
そんなようなことが、小松左京氏の本に出てきた。

過去のある時点よりは、苦しくないのではないか、比較可能なのであれば、事実そうなのかもしれない。

しかし、悲壮感を地でいっている気がするが、情けないというか、莫迦ではないか。
まあ、仮に、というか事実そうだとしても、こういうものは進歩しないのである。

恋しい不定冠詞


──この世には不思議なことなど何もないのだよ。

今年の十月は少し寒く。比較的さびしい。
──いつまでも一緒には居られません。と誰かが書いていた。

普通のことである。不思議なことなどやっぱり何もない。
それが切ない理由だろうか。
かなうならば、不定冠詞のあなたと一緒にいたい。

2008/09/26

OMNIS AMANS AMENS

OMNIA VINCIT AMOR
ET NOS CEDAMUS AMORI


1行目。愛はすべてに勝つと訳す場合もあるが、今回は、「恋は万物を打ち負かす」と訳す。「だから我々も恋には譲るべきだ」ウェルギリウス『牧歌』の一節である。例によって逸見喜一郎『ラテン語のはなし』より引用。ちなみに、2行目の動詞は接続法だそうな。



OMNIS AMANS AMENS

こちらのほうが、語呂がよい。まあ、これでよいのだ。

2008/09/24

コーダ

コーダの記号はフォントにないのだろうか、少し淋しい。
コーダの記号というのは本当はコーダの記号じゃないことを知った。

縮退

基底状態が底だと思ったら、さらに縮退した。
みたいな、量子力学的な比喩を使うとどうだろうか。
──などと思っているが、縮退というのをあんまり理解していない(というか、理解していない)ので、使ったらいけない気がしている。

2008/09/23

射程

見苦しいので消しても良かったが、まあ、そのまま残しておくことに。新しい記事を追加すれば、後ろに行くであろうという魂胆。


根本的に間違っているか、錯覚しているのは、私は何も持っていないというところ。

ひとつのことしか見えていないというのはだめである。
そっちが駄目なら、ちがうところに注力すればよいのである。

もういいよ

もういいよと言えないの言いたいの言えないの。

あまり良くないと思う。
自己評価すれば、去年よりは良いのかもしれないが、総合評価みたいなもので幸せが計れるわけではないのである。
なんて我が儘な。

正直に言えば、良くないわな、と思う。困った。
今さらというか、今に始まったことではないけれど。
まだ? まだ、か。

最も困ったことは、こんな意味不明のことをここに書いていることである。

読んでいただいている人に対しては、ごめんなさいとしか言えない。
良くない。

2008/09/22

存在自体が課題

静かである。
静かにするのが善いのである。




人間の存在は関係にあるが、それは常に私が選んでいるものではないのである。

とてもありがたいことである。

見方が悪い

自己言及というか、パラドックスというか、そういう問題が発生する。
床屋の髭は誰が剃るのか。

ゲーデルの不完全性定理を勉強するべきだ。
──というか、ゲーデルの名前が思い出せずに検索したという……ていたらくというか、もうだめだ。。

主体的に覚える

覚えるというのには覚えようとしなければならない。

どうでも良いことだが、覚えられないことがあった。フランス語で出てくる場合であるが、
éの上の´をアクサンテギュ(accent aigu)と言い。
àの上の`はアクサングラーヴ(accent grave)と言うのだが、これが覚えられない。こんな風に書くと誤解されるかもしれないが、eとかaとかはどうでもよくて、記号が右下がりか右上がりかということである。

まあ、記号の名前などは覚えていなくても支障はない。日本語でも「ば」や「ぱ」についている記号が半濁点とか濁点と呼ぶことを知らなくても会話や作文は問題なくできる。

aiguというのは鋭い、graveは重いという意味だが、音については、それぞれ、高い、低いという意味にもなる。
このように書けば簡単に思えるが、aiguとgraveのどっちがどっちかはすぐ忘れそうである。右下がりか右上がりか右が基準ということも忘れるかもしれない。
まあ、どちらにしても大したことではない。仏語で言うなら
Ce n'est pas grave.
である。

2008/09/21

007

『007は二度死ぬ』
原題はYou Only Live Twice
人は2回しか生きない、というわけである。Youはあなたでなく、一般的な人を現す主語で、仏語で言うOnか。──そういうことはどうでも良い。

この、1960年代後半というのは、アポロの時代で、ロケットの時代だったのだな、と思う。冷戦の時代でもあったわけだが、それなりに希望もあったのであろう。
まあ、そんなことを考えてもおもしろくないのである。
素直に見るべきだ。
なにしろ、素直に見ると、面白い。荒唐無稽な内容が、好きである。ギャグ(ギャグでないかもしれない)が、私のお好みである。

2008/09/20

婉曲

好きです、とか、愛しています、一緒にいたいです、などの通常の告白やラブレターに使われそうな文言を使わないで、それを相手に伝える文章を考えよ(20点)

2008/09/18

お嫁さんが欲しい

表題の内容について論述せよ(10点)

2008/09/16

枠の方を変えよ

視点をどこに置くか。
基準をどこに置くか。
合格点のようなものをどこに置くかと言っても良い。
自己採点である。

採点しなくても良いのである。

なぜ、何を望むのだろう。何も変わらないのに。
欲しいと思うのは何故?

2008/09/15

風車に戦いを

それは、ラマンチャの人だけれど。

いつの間にか歳をとってしまう。
こういうすちゃらかで、何年も過ぎていくんだろうか。

人のことを思いやる気持ちとかがあれば、変わっていたかもしれないというか、まあ、報いというか、因果応報というか、あたりまえだのくらっかーというか、自業自得というか、十分条件から必要条件である。

まあ、言うほど余裕はないけれど。しょうがないわ。と思う。
そういう生き方だから、あちもこっちもうまく行くというのも出来すぎだし、そうは問屋が卸さないのだ。

悩み事

悩み事を聞くのが友達ではない。──いや、別に聞いてもいいのだけれど。
悩みを聞いてもらうのが友達ではないと言うべきか。

悩みとは何か。
相談というのとは少し異なるのかもしれない。

悩みがあるとしても、友達というものは、たぶん、悩み事を言うよりも違うことを言う、あるいはした方が、結果的に良いように思うし、そのためにあると言っても良いのかもしれない。
 ──ちょっとこの記事は、まとまりがない。


つまり、自分で決めるのであるし、決めるしかないのである。

2008/09/14

さよなら7000


名古屋鉄道の7000系電車、通称パノラマカーが廃車されるそうで、記念乗車会があったそうな。

たしかに、子どもが乗りたいと思う電車だった。ネオン管式のデジタルスピードメータが先頭車両に付いているのが見たくて仕方がなかった。一宮付近の直線区間で100KM/Hを出すのが珍しかった。
まあでも、十分乗ったと思うし、お別れ乗車会に乗るまでもない。50年くらい走ったのだな。

今。今思うと、3400系とか800系とかの方が貴重だったのだな、と思う。
今の電車よりも、デザイン(意匠)としては面白いと思うけれど、昭和の雰囲気というか、単なるノスタルジーだろうか。


(検索していたら、きれいな写真を紹介していらっしゃるサイトが見つかったのでリンクしておきます)
Streamliner の時代 ‐2‐

2008/09/13

昔の話

アコースティックギターは電気がなくても遊べる。

これが何のコードかと言えばFである。コードでギターを入門した人の多くはここでつまづく。それはFじゃないとおっしゃる?

そう。Fのコードはこの方がセオリーであるが、1フレットの1弦と6弦を押さえなければいけないので、セーハをする必要がある。人差し指で1弦と6弦の両方の弦を押さえているわけで、一本の指で複数の弦を押さえるのをセーハと言う(んだと思う)。
先の写真はインチキで親指で6弦の1フレットを押さえている。
こういうインチキを覚えると、Fだけはできても、真面目にセーハの練習をしなくなり、結局バレーコードが使えないという道をたどる。
Bのコードとか、人差し指に加えて、薬指でもセーハしなくてはいけないし、インチキもできない。
カポタストで移調するという方法もあるけれど……。
結局F型のバレーコードもできないし、B型のバレーコードもできないだめだめなのだったのである。
まあ、昔の話。
すっと弾いていないので、指先が柔らかくなっている。

ちなみにこれがCのコード。普通はこれから覚えるが、私はギターをやっていた頃はネクラだったのでEm7(Eマイナーセブンス)から覚えたのだった。──指一本だけで簡単だし。

2008/09/12

かわいそう

悲愴というよりは、しょうもないやつだと言って欲しい。
自分勝手かもしれない。というか、かもでなくてそれしかないである。

タイトルの通りAMENS(おばか)な話題しかないブログである。
読者のあなたが自分より愚かな奴がいると思って優越感に浸っていただければ、望外の幸せである。

というわけで、 まだまだやりたいことは山ほどあるのである。ブログやサイトをどうするかというのも考え中。まあ、ずっと言っているから、だらだら行くんだろうというところ。
だらだらだ。
下から読んでもだらだらだ。

2008/09/11

意味はある

意味があったら困る。
──それはすでに存在理由から破たんしている。
ブログとしては。
それならば、意味がないことにしたい。
意味がないことをしたい。
いや、それはもう既にしている