何を書くかを書くという、最初から意味のないことをしようとしている気がします。
意味がないなら止めておけ、と言われそうですが、意味があるか無いかは書いている今は判断できませんし、意味があるかないかはあまり重要なことではないのかもしれません。すべての存在は別に意味を要請されているわけではないのです。
あるいは、逆に言えば、存在しているんだから意味がある。だから、意味があるないというのはそもそも意味のない議論なわけですね。意味のない議論に意味はないのかというパラドックス。この種のパラドックスはラッセルのパラドックスでしょうか……。まあそれはどうでも良いのですね。
と、このような話になってくると、存在とは何ぞや、ということになって、言葉の問題じゃないか、という考えも出てくるわけですが、そういうことを言うには、やはりハイデガーとか読んでおかないとだめですよね。積ん読じゃだめです。デリダとかレヴィナスもツン毒してありますが、ハイデガーの「存在と時間」は読まないといけないでしょうね。どうしても。
ハイデガーの話はいつか本を読んでからすることにしましょう。(いつだ?)
今読んでいる本はアラン。アランはプロポという書き方をとっているのですが、まあ、短い文で簡潔にまとめた形式とでも言えばよいのでしょうか。
別の場所ではヒルテイを読んでいますが、ヒルティはキリスト教的な思想があるので、それがクッションになるのですが、アランの場合はクッションがないのでグサッと突き刺さるというか、ズバッと切断うぎゃー、みたいないさぎよさがあります。
というわけで、ネタに詰まったら、アランの言葉に助けてもらうことにして、適当に意味のないことを書きつつ──と、このブログ進めていこうなどと考えています。
『図書館詩集』刊行!
-
ぼくの第十詩集にあたる『図書館詩集』が7月30日に刊行されました。版元は書肆リヴェルリ。長らく左右社の編集者だった東辻浩太郎さんが独立してはじめた新しい出版社の最初の本です。
各地の図書館で滞在制作するシリーズ、もとはウェブマガジン「水牛」に2022年11月から2023年10月にかけて連載していただいたも...
4 日前

0 件のコメント:
コメントを投稿