2008/12/08

知らないだろう

昔、さだまさし、よく聴いていた。というか、僕の周りでは何故かみんな聴いていた。

懐かしい。

http://jp.youtube.com/watch?v=jUI6l5xgdt0

2008/12/06

レゾン

hab.laを付けてみた。サイトからチャットできるという優れもの。HTMLにJavascriptを2行書き込むだけ。まあ、Hab,laのアカウントは必要なのだが。

hab.laで検索すると、うちのはてなに書いた記事がトップに出てくる。Hatenaのタイトルというのは、上位に来るのだ。

ホームページというのが、マイナーなのだろう、HTML書ける人、あるいはビルダーとか使う人も含めて減っているんじゃないだろうか、
ちなみに、Javascriptが貼れれば、ブログでもhab.laは動くので、念のため。

クリスマスソング

シャンソンドノエル? 
さだの「遙かなるクリスマス」を挙げておこう。
http://jp.youtube.com/watch?v=p0p_YpW0qT8

いっそ世界中が不幸ならと願う僕がいる。


愛を歌っているとか、それが愛だという考えがあることには賛成する。でも、愛が本当にそれか、はあるいは違うのではないかと思う。
究極には、何かができないから不幸だというわけではないと思う。不幸というとその定義によるかもしれないので誤解されるかもしれない、駄目とか、悪いと言い換えるべきか。

それで善いか否か、君が決めるのである。

2008/12/05

ぴかぴかひかる

街は電飾でいっぱい。ぴかぴか光っているものはきれいである、と思うことには異議はないが、余計な電気は使わない方が温暖化ガス削減には良い効果があるのではないか。と歩きながら思う。
ルミなんたらのニュースも同じく。何を思い出すのか知らんけれど、その地震は活断層による直下型なので、範囲は小さかった。プレート型の東南海地震が起きたら、この何倍では済まない。そういうことを考えて対策しておいた方が良いんではないだろうか。と思う。ま、ぴかぴかしているのが綺麗ならよいのかもしれない。僕はどうでもいい。
さらに、車が売れないとか言うニュース。正社員じゃない人が職を失う。それは困ったことだが、車が減れば、温暖化防止に役立つんじゃないか。工場の休みが増えれば、それも効果があるかもしれない。
CO2が本当に人間の活動によるのかどうか、というような反論があるような。温暖化したからCO2が増えたのだ、というわけ。
まあ科学的には、対照実験ができないことなのだから何とも言えないところ。CO2は増えているし、気温も上がっている。産業革命以降人間の活動でCO2を排出しているというのも事実。でも、まあ、きっとそういうことなのだろう。
温暖化したって良いではないか。
──たしかにそう。温暖化して困るのは人間である。温暖化に適応した生物はたぶんきっと生き残るのである。
 それに、電飾をしてもしなくても、排出量は大して変わらない。ルミなんとかを数日間してもしなくても大して変わらない。
 そう思わせる、街の灯。

そして、そんなことを思いながら、「ティファニーで朝食を」を観る。
ティファニーは融通が利くのである。

2008/12/01

頽廃的意味不明

映画は『バンカー・パレス・ホテル』(仏1989年)
本当に意味不明。冷戦時代の東欧の雰囲気の保存版というのは副次的な結果かしら。
近未来SFと題されているけれど、(題されているのか)そんな感じでもない。

(管理者より)Hab.laを試験的に付けています。オンラインであれば、メッセージが送れます。返事が返ってくるかもしれません。また、予告無く外すかもしれませんが、よろしく。

2008/11/29

BUENA VISTA SOCIAL CLUB

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
のアルバムを買ってしまった。iTunes Storeの罠×映画の罠 である。
カーネギーホールでのライブ版。良い。これは良い。

一部の人びとが、カリブ海にこだわる(注目する)のも分かる気がする。

同名の映画もそうだが、キューバには立体感がある。3Dだ。
僕たち日本には、比べるとなんだか立体感がないように感じられる。
平面的でないものを、だから探し求めている渇きがあるのだ。

2008/11/26

子ども向け

今週の映画『八十日間世界一周』
誕生日のクーポンでレンタルが半額なのだった。
子ども向けの棚にあったけれど、場違いな気もする。ならばどこに置くのかというと、古典だろうか……。
この映画の冒頭に場面が出てくる、ジュールベルヌの月世界旅行の映画、見たいな──と思っていたら、ネットで見ることができるようである。Wikipediaで見つけた。
『月世界旅行』(日本語字幕つきパブリックドメイン動画)

2008/11/16

l'anniversaire

ヴィム・ヴェンダース監督の『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999年)
今週の映画。主役は老人?
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(YOU TUBE)

若いというのは何を指しているのか。
我々は、どこを射程に据えて生きていくのか、と思うに、あまりにも足許を見すぎているのではないか。

ストーリィのない映画なのだが、ストーリィは別の処にある。
そんなことより、音楽と映像が心地よい。

ヴィム・ヴェンダースのリスボン物語も音楽と映像が心地よかった。BGVにしておいても良いと思う。

2008/11/14

ノルマンディの秋祭り

ルモンドの見出しをいつも見ていないけれど、たまたまLe Poème harmoniqueというのが目についたのでざっくり見てみた。

ノルマンディの秋祭りの第三エディションが10月23日、Le Poème harmoniqueの10周年アニバーサリーで開かれました。それ(Le Poème harmonique)はすなわち、Vincent Dumestreによって1998年に設立されたバロック音楽団です。




Automne Normandie
Le Poème harmonique


ポエムアルモニック。なかなか良さそう。CDあるかしら。

2008/11/12

かもね

鴨川は無料だけれど、もう寒い気もする。
赤の白との写真を撮っているといっても、コーラの写真を撮っているわけではない。いや、コーラは茶色だが自販機は赤白なので念のため。

対角化すれば、やはり変わらないベクトルの並びは、少し寂しくて、大きなシャリテが存在している。

2008/11/10

Mais ne nous délivrez pas du mal

今週の映画。『小さな悪の華』
どうしてこういう邦題なのか。まあ、ボードレールの『悪の華』──Les Fleurs du malから取ったのか。

原題は禁止の命令形。「悪より我々を解き放つな」このmaisは英語のbutに近い接続詞なのだけれど、強調のためなのか何なのか。

制作年は1970年。なんとも挑戦的な映画になってしまっている。制作国のフランスで禁止されてしまったらしいが、反カトリック的なところが問題になったということなのだろう、と。先入見なしで観れば、素朴な映画なのかもしれない。


終わり付近のシーン。「見ているが見ない」というところか。なかなかよく作られていると思う。いや、わざとらしい? 観ている人びとを映画で観ている我々も一瞬納得してしまう怖さがある。(マタイ書13章──といいうかイザヤ書か)

神を奉ってしまって(雲の上に)、あんたらは考えなくても良いのよ、というやりかたがカトリック、と言ってしまうと、それによって悪いみたいだが、広まっているのも事実なわけで、人間の要求に一致したとも言える。
考えたくないし、自由でありたくない、そうでないほうが楽であるという、パラドックス。

考えるか考えないか、決めるのは誰なのだろうか。










ところで、この作品、1970年(日本は72年)公開で、今年初めにDVDが発売された。それまでビデオやLDなどにはなっていない。72年当時のことは当たり前だけれどネットでは分からないのである。ワンピースの短いスカートとか、たぶん、普通に流行していた頃なんだろう。しかし、そういうことは調べようがないのがネットなのだった。まあ、あと四十年後に、今のブログが検索されるかどうかもわからないのであるけれど。

2008/11/07

うーぶりー

Wikipediaで「何か」を検索しようと思っていたのだが、何かが思い出せない。
「Wikipediaで何かを検索しようとしていた」のが夢だったような気もしてきた。
どうでもいいことだとは思うが、気持ち悪い。

2008/11/06

二万マイル

映画の記事を書いていなかった。
先週の映画。
『海底二万マイル』
ジュール・ベルヌ。なかなか、なかなか。
原作とはちょっと変わっているようなので、原作を読みたい。
と思った。
と、ちょうど家に原作があるが、何故か仏語版だった。でもよく見ると、アブレジェ版だ。


ちなみに、マイルじゃなくてリューなのだった(単位が)

2008/10/29

仮初の恋

かりそめのこいというのは、なかなか良い響きであるような気がする。

もっとも、かりそめでないこいというのは無いような気もする。
あるいは、恋はかりそめでなければならないのである。

2008/10/20

古い昔話

昔のことである。

恋をする前に失恋をした、という経験をした。
本当は、失恋してから、過去にさかのぼって恋をしていたことに修正した、ということか。まあ、これはよくあることかもしれない。
この後、もう一度同じこと同じ相手にをくり返したというオチがある。
まあ、そういうこともある。
きっと、よくあることなのである。

2008/10/18

Il y a eu le ciel clair.

2008/10/13

京都で暮らしましょう

京都で暮らしましょう。お金はないけどね。

小説の書き出しとしてはおもしろそうである。どうだろうか。

2008/10/06

間違い

人間は間違うものである。
ひらきなおれば良いというわけではなくて、まあ、認めるということ。





ありもしないところに、幸せを探している。言っているのは、誰か。ヒルティだったか。
あたりまえの部分がみえなくなっているのではないか。

私は関係の中にこそ存在している。

間違ってはいけない。
自分で、これでよいと思った道を生きればよいのである。

2008/10/01

独り言

必要十分以上の脳を持ってしまった人間の不幸。
われわれは何者で、どこから来て、どこへ行くのか。

寂しいというのは間違いではない。
間違いではないが、それよりも、独りが怖い。


独りでないと生きられない、独りでいたい。
独りでも生きられる、独りである。
独りでは生きられない、独りではいたくない。

大きすぎる脳で、未来という概念を知ってしまったわれわれは何を思うのか。
そんなようなことが、小松左京氏の本に出てきた。

過去のある時点よりは、苦しくないのではないか、比較可能なのであれば、事実そうなのかもしれない。

しかし、悲壮感を地でいっている気がするが、情けないというか、莫迦ではないか。
まあ、仮に、というか事実そうだとしても、こういうものは進歩しないのである。

恋しい不定冠詞


──この世には不思議なことなど何もないのだよ。

今年の十月は少し寒く。比較的さびしい。
──いつまでも一緒には居られません。と誰かが書いていた。

普通のことである。不思議なことなどやっぱり何もない。
それが切ない理由だろうか。
かなうならば、不定冠詞のあなたと一緒にいたい。